夏のあいだは、天気さえよければ、毎週末のように家族でボートに乗って海へ出かけます。
8月下旬のこの週末も、ロングイェールビーンの町を離れ、フィヨルドの奥へ向かいました。
周りに広がるのは、山と氷河と海。途中では、ミンククジラとベルーガにも出会いました。
海へ出ても、野生動物に会えるかどうかはその日次第。姿を見つけると、やはりうれしくなります。
今回は、そんな我が家の夏の週末を、少し覗いてみてください。
天気のよい週末、家族で海へ
太陽がある季節は、とにかく忙しい我が家。
スヴァールバルでは、一年の約3分の1が、太陽の昇らない極夜です。
極夜のぶんまで楽しむ勢いで、明るい季節は町の外で過ごすことが多くなります。
雪が残る春はスノーモービル。町から雪がなくなる6月から9月ごろは、ボートの季節です。
もちろん、出かけられるのは天候が許す日だけ。
私たちがいう「天気がよい」は、晴れているという意味ではありません。大事なのは、風が弱く、海が穏やかなこと。
ボートで出かける目安は、だいたい風速5m/s以下。
2歳の息子もいるし、私自身も船酔いしやすいので、海の状態がよい日を選んで出かけます。

この日の町は曇り空でしたが、朝から海にはほとんど波がありませんでした。私たちにとっては、絶好のボート日和です。
天気予報では、最高気温6℃。8月下旬にしては悪くありません。
出かける準備をして、荷物とホッキョクグマ対策のライフルを車へ。
すると、近くにいた観光客から「狩りに行くの?」と声をかけられました。
この時期は、ちょうどトナカイやライチョウの狩猟シーズン。
住宅の玄関前で、解体された肉が干されているのを見かけることもあります。
たしかに、ライフルを持って車に乗り込んでいたら、そう見えるかも。
でも、この日は狩りではありません。ライフルは、町の外へ出かけるときのいつもの装備です。
家を出たのは午前10時半ごろ。
港へ向かう途中、無人のコンビニに立ち寄り、飲み物とお菓子を買いました。

スーパーが閉まっている時間でも買い物ができるようになり、週末の朝にも助かっています。
買い物を済ませたら港へ。ボートの準備をして、午前11時前にロングイェールビーンの港を出航しました。
セイウチを探しながら海岸沿いを進む
前回のお出かけでは、イスフィヨルド(Isfjorden)を横断し、ロングイェールビーンの対岸へ行きました。

今回は、ピラミーデン(Pyramiden)方面へ向かいます。

出航してしばらくすると、ボートの揺れが心地よかったのか、息子はあっという間に寝落ち。
これで私もしばらくのんびりできそうです。
まず目指したのは、ときどきセイウチを見かける海岸沿いのスポット。
セイウチには個体ごとにお気に入りの場所があるようで、同じあたりで寝そべる姿を何度も見かけることがあります。

しばらく海岸沿いに目を凝らしましたが、この日は姿を見つけられず。
曇り空で太陽も出ていなかったので、日光浴する気分ではなかったのかな。ちょっと残念。
そのまま、イスフィヨルドからさらに奥のビッレフィヨルド(Billefjorden)へ進みます。
途中には、ボートを停めるのにちょうどいい、入り組んだ入り江があります。
本当はここでいかりを下ろし、上陸するつもりでした。
ところが、近づくにつれて黒い雲が広がり、雨もぱらぱらと降ってきました。
今回は上陸をやめ、そのままもう少しフィヨルドの奥へ進むことに。
海から眺めるピラミーデン
ロングイェールビーンの港を出てから、約1時間半。
ビッレフィヨルドをさらに進むと、ノルデンショルド氷河(Nordenskiöldbreen)と、旧ソ連の炭鉱町ピラミーデンが見えてきました。

ピラミーデンは1998年に炭鉱が閉鎖され、現在はゴーストタウンとして知られています。
建物の多くは使われなくなったままですが、完全な無人ではありません。
現在も観光シーズンにはホテルやレストランが営業し、スタッフが滞在しています。

ロシアによるウクライナ侵攻前は、ロングイェールビーンとロシア系の町との間にも交流があり、私もピラミーデンやバレンツブルクへ足を運ぶことがありました。
しかし、2022年の侵攻以降、スヴァールバルの公式観光サイトには、ロシア国営企業が提供するツアーやサービスは掲載されていません。
個人で訪れることは今も可能です。ただ、私にとっては、以前のように気軽に遊びに行ける場所ではなくなりました。
戦場から遠く離れた北極圏にも、戦争の影響があることを実感します。
この日も上陸はせず、海の上からピラミーデンの町をゆっくり眺めながら、その前を通過しました。
氷河を眺めながら、海の上で昼ごはん
ピラミーデンを通り過ぎると、フィヨルドの向かい側にノルデンショルド氷河が見えてきました。

氷河を横目に、さらに奥のペトゥニア湾(Petuniabukta)へ向かいます。
この日は、ここでいかりを下ろして停船。
入り江に着いたころ、船の揺れで眠っていた息子も目を覚ましました。

ちょうどお昼どきだったので、まずは昼ごはんです。
この日のメニューは、スヴァールバルのアウトドアでは定番のフリーズドライ食品「REAL Turmat」。
プルドポークとサーモンのクリームパスタの2袋を、家族3人でシェアしました。

袋にお湯を注ぎ、約8分待てば完成。
種類も豊富で、これが意外とおいしいんです。
1袋でしっかり1食分になるので、外で遊ぶ日の昼食にもぴったり。
REAL Turmatを作る会社は、もともとノルウェー軍の携帯食づくりに携わっており、長期保存できるのも特徴です。
この日持ってきたものの賞味期限は、なんと2030年10月まで。
一時帰国のときには、防災食として日本へのお土産にすることもあります。
お腹が満たされたあとは、しばらくこの場所でのんびり。
ノルデンショルド氷河ほど大きくはありませんが、入り江の周りにも小さな氷河がいくつか見えます。
周りには、私たち以外誰もいません。聞こえるのは自然の音だけ。
氷河を眺めながら、のんびり過ごす贅沢な時間です。
ロングイェールビーンの町を離れると、スマホは圏外に。
普段はつい画面を見る時間が長くなりがちなので、半ば強制的にデジタルデトックスできるのも、町の外で過ごすのが好きな理由のひとつです。
先ほどまでどんよりしていた空も、少しずつ明るくなってきました。雨上がりの空には、虹もかかっています。
海岸沿いの荒野には、キャビンが一軒だけぽつんとたたずんでいます。

地元の狩猟グループに入っていれば借りられますが、利用は抽選。人気があり、なかなか当たりません。
水道も電気もない、シンプルなキャビンです。
それでも、こうした場所で週末を過ごすのは、スヴァールバルでは人気の楽しみ方。
私もいつか、自然の中に自分たちのキャビンを持つのが夢です。
以前より小さく見えた氷河と、ミンククジラ
昼食を終えたら、ノルデンショルド氷河をもう少し近くで見るために移動します。

氷河の近くまで来たところで、夫がひと言。
「なんだか、かなり小さくなってない?」
以前は海まで氷が続いていたのに、今回は手前の岩場が大きく見えています。
言われてみると、私もたしかにそう感じました。
それでも、ロングイェールビーン周辺の氷河と比べると、まだまだ大きくて迫力があります。
家に帰ってから、2021年に撮った写真と見比べてみました。


撮影位置や角度は少し違いますが、2021年の写真と比べると、今回は氷河の手前に茶色い岩場が広く露出しているように見えます。
スヴァールバルに暮らしていると、こうしたふとした瞬間に、温暖化の影響を身近に感じます。
氷河を眺めていると、今度はミンククジラが姿を見せました。
海面に出てきたのは4〜5回ほど。
背びれが見えたと思ったら、すぐにまた海の中へ潜ってしまいます。
クジラは潜っている時間が長く、次に姿を見せる場所も予測できません。
「あっ、いた!」と思ってカメラを向けても、そのときにはもう海の中。
今回も写真や動画には残せませんでした。
それでも、北極圏に移住してから、背びれや体の大きさを見て「ミンククジラだ」と分かるようになりました。
ミンククジラは、私がスヴァールバルでいちばんよく見かけるクジラ。
何度も出会ううちに、自然と特徴を覚えたようです。
帰り道で、ベルーガの群れに出会う
ミンククジラを見失ったのは、午後2時半ごろ。
帰り道でもう一度姿を見せるかもしれないと思い、来た道をのんびり引き返すことにしました。
しばらく進むと、海岸沿いの浅瀬にベルーガの群れを発見。
少し離れたところには、もうひとつの群れもいました。どちらも5〜6頭ほどです。

ベルーガは、私たちが海へ出ると比較的よく見かける野生動物のひとつです。
8月に入ってからも何度か見かけましたが、いつもすぐに潜ってしまい、ゆっくり眺めることはできませんでした。
ところが今回は、浅瀬でぷかぷか。すぐに潜る様子はなく、しばらく眺められそうです。
群れが泳ぎ始めたので、距離を取りながら進行方向の少し先へ移動し、ボートのエンジンを止めて待つことにしました。
しばらくすると、ベルーガたちがボートの目の前をゆっくりと通過。
「プシュー」という呼吸音まではっきり聞こえます。

その後も、少し離れた場所でエンジンを止めて待ち、ベルーガが近くを通るのを何度か眺めました。
私はまだまだ見ていたかったのですが、息子はそろそろ飽きてきた様子。
ベルーガ観察を終え、今度こそロングイェールビーンへ戻ることにしました。
港に到着したのは、午後4時半ごろ。
セイウチには会えませんでしたが、氷河を眺め、ミンククジラとベルーガにも出会えた、いい一日になりました。
